『ファイ phai φ 人文論集鳥取 電子版』は、遥かな未来への緩やかな移行。小舟の後ろの、扇状の航跡。さざめき戯れる、無限のさざ波。

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後記タイトル

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【編集後記】

 その影響力の巨大さからすれば、幾分似ていないわけでもないが、ツァラトストラではなく、マルクスは若い時分にノートの中で、こう語った、「哲学者は世界を解釈してきただけだ、それを変革することこそが重要であったのに」。しかしこれまた20世紀において巨大な影響力を誇ったハイデガーは、或るテレビ・インタビューでこう語った。「世界を変革するためには、まず解釈を変革しなければならない。この、マルクスの有名な「テーゼ」は既にしてまず解釈の変革なのである」。晩年のハイデガーの、やたらとカン高い声が印象的なこのテレビ番組のタイトルは "human too human" と言うのである。それを21世紀の私たちは、電話だかコンピュータだかの、小さく薄っぺらい機器によって、「動画」で、いつでもどこでも見ることが出来る。何やら厳めしいBGMと共に、三人の「哲学者」の似顔絵が現れる。順に、ニーチェ、ハイデガー、サルトル…。このインタビューが撮影されたのと、そう時間的に離れてはいないであろう、1972年、フランス・ノルマンディーのスリジー=ラ=サルでは「ニーチェは、今日?」と言うコロックが開催されたが、その討議内容の抜粋は今日、翻訳されて手軽な文庫判で読むことが出来る。顔ぶれは、クロソウスキー、リオタール、ドゥルーズ、デリダ…と言った、フランス「現代思想」の花形たちであった。この時、大著『ニーチェ』で世界中の「哲学者」――どころか、日本のアンちゃんの学生まで――うならせたハイデガーは、まだ存命中であった。19世紀から20世紀の、何という巨大な名前たちであろうか。かっては元気なアンちゃんではあったが、21世紀と共にガタの来始めた編集者は、それらの名前を聞くだけで、ゴキブリのようにクシャッと潰されてしまいそうである。しかし歳を経ることは、やはり無駄なことではないらしく、老アンちゃんにも次のことが、ますます判然として来たのである。人間にとって肝心要のことは、「人間的 human 」とはどうなっているか? という問いである、ということである。「人間的」を「人文的」と言い換えても良いだろう。三氏の論考を編集しながら、高齢者の特権である回想に耽りつつも、そのようなことを思った。この『ファイ電子版』は、先の電話だか、コンピュータだか、カメラだか、ナルシスの水面だか、その他だか、とにかく奇天烈な発明品を操って、四苦八苦して作成した。カフカの「オドラデク」と戯れているようでもあったが、ただ、この水面=鏡面を覗き込み、水仙のようにうなだれて、外界を忘れ、美しく衰弱してはならないだろう。さざ波一つ無い澄んだ水面の池の「外界」は、「今日」それどころではないのだ。(に)

【次号予告】

『ファイ phai φ 人文論集鳥取 電子版』「第2号 2016年立秋号」は、2016年8月7日(日)に発行の予定です。 この号に向けて一般からの、特に全国の学生諸君や志のある若い方々からの、応募を期待しています。【原稿募集要項】

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